多電子原子とスピン

量子化学1 第 4 回 | 教科書 第 4 章

電子が二つ以上ある原子を、どう扱うのか

量子化学1 第 4 回 多電子原子とスピン

前回を思い出す(ノートを見ずに)

  1. 水素原子の 3s・3p・3d 軌道のエネルギーは、どれが低いですか
  2. 4s 軌道と 3d 軌道の動径節は、それぞれいくつですか

今日は近似の地図の ②「軌道近似」。厳密に解ける模型は前回の水素原子まで

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問い 1:アルカリ金属と水の反応は、なぜ下の元素ほど激しいのか

投影では動画を再生します。配布 PDF では次の URL を開いてください: https://www.youtube.com/watch?v=eaChisV5uR0

動画: Royal Society of Chemistry, "Alkali Metals – 20 Reactions of the alkali metals with water", YouTube(公式チャンネル、6:17)。リンク再生のみ

予想を 1 行で書いてください:Li → Na → K で、原子の何が変わっているのか

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今日の流れ 教科書 §4.1〜4.4

問い 演習
1 電子が 2 個以上あると、何が難しいのか A:軌道近似、パウリの原理と殻の定員
2 電子は、どの順に軌道に入るのか B:遷移金属イオンの電子配置
3 外側の電子は、核にどれだけ強く引かれるのか C:スレーター則と周期律のトレンド
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ヘリウムで何が難しいのか 教科書 §4.1

核電荷 、電子 1・2 の位置 、

、 核から電子までの距離  電子どうしの距離

①② は電子 1 個が核に引かれる項(水素型)。③ は電子どうしの反発。

  • ①② だけなら、前回の水素原子と同じ要領で別々に解ける
  • ③ の ()が二つの座標を結びつける → 変数分離できない
  • ヘリウムですら厳密解がない
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相手の電子を、平均的な場に置き換える

厳密には反発 (橙)が座標を結びつける。独立電子近似では相手を平均場 に均す

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軌道近似:全体の波動関数を 1 電子軌道の積で書く

全体の波動関数  電子 1 個の原子軌道(前回の は、この意味では )

各電子が、核と他の電子の平均場の中を独立に動くとみなす。

  • 軌道の形は水素型のまま、 で分類できる。変わるのはエネルギーの順序と大きさ
  • よくある誤解:「反発を無視する」→ 無視ではなく平均に置き換える
  • よくある誤解:「厳密」→ 近似。電子どうしが避け合う効果(電子相関)を取りこぼす
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スピンとパウリの原理 教科書 §4.2

  • スピン:電子が空間の運動とは別にもつ角運動量。向きは上向きと下向きの二通りだけ

スピン量子数

  • 電子 1 個の状態は、4 つの量子数 で決まる

パウリの排他原理 一つの原子の中で、4 つの量子数 がすべて同じ電子は存在できない

  • 一つの軌道 には、スピンが逆の電子が2 個まで
  • よくある誤解:「一つの軌道に電子は 1 個」→ スピンの分があるので 2 個
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殻の定員 2・8・18 は、どこから来るのか

殻 軌道の数 (前回) 定員
K 1 1(1s) 2
L 2 4(2s、2p × 3) 8
M 3 9(3s、3p × 3、3d × 5) 18
  • 軌道の数 × スピンの 2(パウリの原理)
  • 副殻の定員は :s は 2、p は 6、d は 10 → 周期表のブロックの幅
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演習 A:軌道近似とパウリの原理

  1. 軌道近似は、電子どうしの反発を無視する近似ですか。一言で
  2. の殻には、電子が最大いくつ入りますか
  3. ある原子の 軌道の一つ に、電子がすでに の 2 個入っています。3 個目の電子が入れない理由を、4 つの量子数を使って説明してください
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演習 A の答え

1 軌道近似は、電子どうしの反発を平均場に置き換える近似(無視でも厳密でもない)→ 無視しない。相手の電子の広がりがつくる平均場に置き換える。避け合う効果(電子相関)は取りこぼす

2 殻の定員 = 軌道の数 × スピンの 2 → 軌道は 個、各 2 個 → 50 個

3 ① 規則 パウリの原理:4 つの量子数 がすべて同じ電子は存在できない。 は と の二通りだけ

3 ② 当てはめる 3 個目は が、すでにいる電子のどちらかと4 つとも同じになる → パウリの原理で禁止

要点:軌道近似は平均場による近似。一つの軌道 にはスピンが逆の 2 個まで

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電子配置の三つの規則

  1. 構成原理:エネルギーの低い軌道から順に埋める
  2. パウリの原理:一つの軌道に、スピンが逆の 2 個まで
  3. フントの規則:縮重した軌道( の三つなど)には、スピンをそろえて 1 個ずつ入れてから対にする
  • フントの規則の理由:スピンをそろえた電子どうしは空間的に避け合い、反発が下がる(ここでは結果だけを使う)
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炭素 :フントの規則

・ は上下の対で埋まり、 の 2 電子は別々の軌道へスピンをそろえて入る

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多電子原子では、2s と 2p が分かれる

水素(左)は同じ が同じ高さ。多電子原子(右)では が大きいほど高く、 が の下に入る(橙)

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浸透:4s は核の近くまで届いている

(青)と (橙の破線)の動径分布関数。挿入図の核の近くで、 だけが小さな山をもつ

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例題:遷移金属イオンの電子配置

設定 (Fe は )

① 中性原子を書く 構成原理: の順に埋める。 は 18 個、残り 個 →

② 2 個抜く 電子は から先に抜く( が空になったら、次は から)→

③ に並べる フントの規則:5 軌道にスピンをそろえて 1 個ずつ入れてから対にする → → 不対電子 4 個

② 入るときも抜けるときも 4s が先: は ではない

  • よくある誤解:「3d はいつも 4s より高い」→ 3d に電子が入ると 3d が 4s より低くなる。軌道の順序は電子の数で動く
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構成原理からずれる例:クロム

(a) 予想 、(b) 実測 。 を半分埋めた半閉殻。橙の破線矢印が昇位

  • 銅()も同じ型:実測は (3d を全部埋めた閉殻)
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演習 B:遷移金属イオンの電子配置

  1. に電子が 3 個入るとき、フントの規則に合う入り方はどれですか
の 5 軌道
(a)    ・  ・  ・
(b)      ・  ・
(c)      ・  ・
  1. (V は )の電子配置と不対電子の数を答えてください
  2. 中性原子では が より先に埋まるのに、イオンになるときも から抜けます。矛盾しない理由を一言で
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演習 B の答え

1 フントの規則:縮重した軌道には、スピンをそろえて 1 個ずつ入れてから対にする → (b)。(a) は空の軌道があるのに対を作っている。(c) はスピンがそろっていない

2 ① 中性原子 V は

2 ② 2 個抜く  の 2 個を抜き、フントの規則で並べる(1 の (b) の入り方)→ 、不対電子 3 個

3 軌道の順序は電子の数で動く → に電子が入ると が より低くなる → 上側の から抜ける

要点:構成原理・パウリの原理・フントの規則で埋める。遷移金属のイオンは から抜く

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遮蔽:内側の電子が核の電荷を隠す 教科書 §4.3

内殻の電子の雲(淡青)が核電荷 を だけ隠す。外側の電子の軌道(橙の破線)は雲の内側まで浸透する

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有効核電荷とスレーター則

有効核電荷(外側の電子が感じる核電荷)  遮蔽定数

対象の電子から見た、他の電子の位置 1 個あたりの寄与
外側の殻
同じ殻(自分は数えない) ( どうしは )
一つ内側の殻()
二つ以上内側の殻
  • よくある誤解:「 = 核電荷 − 内側の電子の数」→ 内殻は 0.85 で完全には隠さず、同じ殻も 0.35 だけ隠す
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数え方:ナトリウムの 電子

、。「核電荷 − 内殻電子数」なら 1

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例題:スレーター則で を求める

設定 炭素(、)の 電子

① 殻を決める s・p は で殻を区切る → は

② 殻ごとに数える 自分を除いて、同じ殻・一つ内側()・二つ以上内側に分ける → 同じ殻: と のもう 1 個で 3 個。一つ内側():2 個

③ 重みをかけて足す  = Σ(個数 × 重み)。重みは同じ殻 0.35、一つ内側 0.85、二つ以上内側 1.00

④ から引く  3.25

② 自分は数えない:同じ殻は 3 個(4 個ではない) ② 2s と 2p は同じ殻( で区切る)

  • 裸の核電荷 6 の約半分の引力を、価電子は感じている
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周期律のトレンド:右へと下へ 教科書 §4.4

何が変わるか 原子半径 イオン化エネルギー
右へ(同じ周期) は 1 増え、 は 増える → が 0.65 増える 縮む 増える
下へ(同じ族) 価電子の が増え、核から遠い殻に入る 伸びる 減る
  • イオン化エネルギー(IE):気体の原子から電子を 1 個引き抜くエネルギー
  • 電気陰性度も右上ほど大きい( が大きく半径が小さい)→ 第 10 回の結合の極性
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見積もりの式:水素の式の を に置き換える

価電子の広がり  ボーア半径 IE イオン化エネルギー

第 3 章の と軌道の広がりの式から。

  • 右へ: が増える → は縮み、IE は増える
  • 下へ: が増える → は伸び、IE は減る
  • 傾向を見るための式( ブロックでは IE が実測より大きく出る)
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原子半径とイオン化エネルギーは逆向きに動く

上:原子半径(青)と第一イオン化エネルギー(橙)。下:スレーター則の (Li〜Ar)

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演習 C:スレーター則と周期律

  1. 同じ周期を右へ一つ進むと、価電子の はいくつ増えますか
  2. ホウ素(、)の 電子が感じる を、スレーター則で求めてください
  3. リチウム(、)の 電子の を求め、ナトリウムの ()と で半径を比べてください。
    その結果を使って、問い 1(Li → Na → K で反応が激しくなる)に答え直してください
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演習 C の答え

1 :右へ一つで は 1 増え、同じ殻の電子が 1 個増えて は 0.35 増える → 0.65

2 自分を除く:同じ殻の他の電子は の 2 個( の 1 個は自分)、内側 2 個 → → 2.60

3 ① Li の   → 1.30

3 ② 半径  に代入(Li は 、Na は )→ Li: 。Na:

3 ③ 問い 1 へ  は 4 → 9、 は 1.30 → 2.20: は Na のほうが大きいのに、 が大きい Na のほうが半径は大きい。下へ進むと価電子が核から遠くなり、電子を手放しやすくなる → 水に電子を渡す反応が激しくなる

要点:。右へは が増えて縮み、下へは が増えて伸びる

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まとめ:問い 1 への答え

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教科書で読む範囲 教科書 §4.2〜4.4

節 内容
§4.2 フントの規則の理由(スピンをそろえると避け合う)の詳しい説明
§4.4 ナトリウムの半径とイオン化エネルギーの数値の見積もり、第二イオン化エネルギーの飛び、電子親和力、マリケンの電気陰性度
§4.4.1 実応用:半導体のバンドギャップ、仕事関数、触媒
  • 授業では扱わない。復習のときに教科書で読む
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次回予告:第 5 回 化学結合(1):運動エネルギーと結合の谷 教科書 §5.1〜5.2、§2.3〜2.4

核心 原子どうしが結合すると、なぜエネルギーが下がるのか

  • 近似の地図の ③(変分法 + LCAO)に進む。原子軌道 を重ねて分子を扱う
  • 運動エネルギーと波の曲率:広がった波ほど運動エネルギーが低い
  • 結合をつくる力は、静電的な引力だけか
  • 結合の谷の中で原子は振動する:調和振動子と赤外吸収(第 2 章 §2.3〜2.4)

今日の復習 演習 A〜C を解き直す。スレーター則で を計算し、原子半径の傾向を説明できるようにする。小テスト第 4 回を受ける

次回の予習 化学結合について高校で学んだこと(静電引力など)を整理する。教科書 §5.1 に目を通す

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