化学結合(1):運動エネルギーと結合の谷

量子化学1 第 5 回 | 教科書 第 5 章(§5.1〜5.2)・第 2 章(§2.3〜2.4)

電子を共有すると、何のエネルギーが下がるのか

量子化学1 第 5 回 化学結合(1):運動エネルギーと結合の谷

前回を思い出す(ノートを見ずに)

  1. 軌道近似では、電子どうしの反発をどう扱いますか
  2. 周期表の同じ周期を右へ進むと、有効核電荷 と原子半径はそれぞれどう変わりますか

今日から近似の地図の ③「変分法 + LCAO」。まず、原子二つが結合する理由を扱う

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問い 1:電子を共有すると、何のエネルギーが下がるのか

  • 二つの水素原子を近づけると、自発的に結合して になる
  • ばらばらに戻すには、分子 1 個あたり約 (約 )が要る
  • 高校では「電子を共有するから」と習った
  • ただし、正の核どうしは反発する。電子はもともと自分の核に引かれて安定

予想を 1 行で書いてください:共有すると、何のエネルギーが下がるのか

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今日の流れ 教科書 §5.1〜5.2、§2.3〜2.4

問い 演習
1 運動エネルギーは、波の広がりと傾きでどう決まるか A:箱の長さ・波の傾きと運動エネルギー
2 問い 1:電子を共有すると、何のエネルギーが下がるのか B:正誤の判定、問い 1 への答え
3 問い 2:赤外吸収の位置は、なぜ結合ごとに決まっているのか C:振動の準位と同位体
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二原子が近づくと、変わるエネルギー 教科書 §5.1

エネルギー 符号 近づくと
核 A と核 B の反発 増える(不安定化)
電子と相手の核の引力 新しく生まれる(安定化)
電子どうしの反発( では 2 個) 増える(不安定化)
電子の運動エネルギー ?
  • 上の三つ(静電エネルギー)だけでは、結合エネルギーの大きさも結合距離も再現できない
  • 今日は 4 行目を扱う
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第 2 回の裏返し:閉じ込めをゆるめると下がる

一次元の箱の最低エネルギー(箱の中は なので、すべて運動エネルギー)

運動エネルギー  箱の長さ

箱の長さ の 2 乗に反比例する。

  • 一つの核のまわりに束縛された電子 → 狭い箱
  • 二つの核にまたがって動ける電子 → 箱が実効的に広がる
  • 広がると運動エネルギーが下がる:非局在化(delocalization)
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箱を広げると、すべての準位が下がる

第 2 回の図。 を大きくすると、準位は で下がり、間隔も詰まる

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例題:箱の長さと運動エネルギーの倍率

設定 箱の長さ を 2 倍にする。前のスライドの結果 を使う

① 比の式を立てる  から、前と後の比をとる

後前前後

② 数を入れる 後前 を代入 → 前前 倍

③ 向きを言う 比が 1 より小さい → 広げたので下がる。 の (第 2 回の例題)なら

① 比は「前 ÷ 後」の 2 乗( が分母):1/2 倍ではない ③ 上がるか下がるかも書く

  • 縮めると比は 1 より大きい → 上がる
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運動エネルギーは波の傾きで決まる

運動エネルギーの平均値(期待値)  波の傾き

運動エネルギーの平均値は、波の傾きの 2 乗を空間全体で足したもの。

  • 傾きが急な波ほど大きく、ゆるやかに広がった波ほど小さい
  • 確かめ: の傾きは
    • 2 乗して足すと に比例 → 第 2 回の と同じ
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局在した波と、非局在の波

核間軸に沿った 。一つの核に局在した波(橙)と、両核 A・B にまたがる波(青)

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例題:二つの波の を比べる

設定 区間 の (節 0)と (節 1)。前のスライドの式 を使う

① 傾きを求める  → は 、 は

② 2 乗して区間で足す  は整数として

→ は 、 は

③ 比と理由 比は の比 → 4 倍。節で符号が変わり、傾きが急

③ 節で でも運動エネルギーは小さくない:節の近くは傾きが急

  • 節が増える(波が細かい)→ 傾きが急 → が大きい
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演習 A:広がり・傾きと運動エネルギー

  1. 電子の動ける範囲の長さ が 倍になると、基底状態の運動エネルギーは何倍になりますか
  2. 区間 の と で、 は のほうが何倍大きいですか。例題の ①〜③ の順に
  3. 波の途中で符号が正から負へ変わる(節が一つ増える)と、 は上がりますか、下がりますか。「傾き」の語を使って理由を答えてください
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演習 A の答え

1 後前前後 0.16 倍(下がる)

2 ① 傾き  と

2 ② 2 乗して足す  と

2 ③ 比  → 9 倍

3 節をはさんで波が正から負へ急に変わる → 傾きが急になり、傾きの 2 乗の和が増える → 上がる

要点:、。広がった、ゆるやかな波ほど運動エネルギーが低い

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静電引力は、結合の主因か

  • 電子 1 個の最小の分子 は、正確に計算できる
  • 結論:結合ができていく過程の主因は、電子が両核にまたがる非局在化による運動エネルギーの低下
  • 電子と相手の核の引力は、たしかに働いて安定化を助ける(主因ではない)
  • の電子は 1 個 → スピンの対は結合の理由にならない
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よくある誤解:「電子のりで核どうしを貼りつける」

誤解の説明 言い直し
核のあいだに集まった電子が、静電引力で二つの核を貼りつける 電子が二つの核にまたがって広がり、波の傾きがゆるんで運動エネルギーが下がる
静電引力だけで結合できる 静電引力は安定化を助ける。それだけでは結合エネルギーの大きさも結合距離も説明できない
  • 近づけば必ず結合する、でもない:節ができる重なり方では が上がる → 次回
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演習 B:結合の駆動力

  1. 次の文は正しいですか、誤りですか
    (a) 核と電子の静電引力は、結合の形成にまったく関わらない
    (b) は電子が 1 個でスピンの対ができないので、結合しない
    (c) 電子が二つの核にまたがると、波の傾きがゆるみ、運動エネルギーが下がる
  2. 最初に書いた予想を見直し、問い 1(共有すると、何のエネルギーが下がるのか)に「箱」と「傾き」の語を使って 2〜3 文で答えてください
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演習 B の答え

1 (a) 静電引力は働いて安定化を助ける(主因ではない)→ 誤り

1 (b)  も結合する。主因は非局在化による運動エネルギーの低下で、スピンの対ではない → 誤り

1 (c) 広がる → 傾きがゆるむ → 運動エネルギーが下がる → 正しい

2 箱:広がると で下がる。傾き:ゆるやかな波ほど が小さい → 例:共有すると、電子が二つの核にまたがり、動ける範囲(箱)が広がる。波の傾きがゆるやかになり、運動エネルギーが下がる。核との引力はそれを助ける

要点:結合の駆動力は、非局在化による運動エネルギーの低下。静電引力は助ける役

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(発展)平衡の谷底では、 はむしろ増える 教科書 §5.2

クーロン力だけの系が平衡(谷底)にあるとき(ビリアル定理)

位置エネルギーの平均値  全エネルギー

平衡では、全エネルギーが下がった分だけ運動エネルギーが増える。

の平衡
原子のときからの変化 4.5 eV 下がる 4.5 eV 増える 9.0 eV 下がる
  • 近づく途中(過程)では非局在化で下がる。平衡では軌道が縮んで増える。見る段階が違う
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問い 2:赤外吸収の位置は、なぜ結合ごとに決まっているのか

O–H・C–H・C–O をもつ分子の赤外スペクトル(模式図)。横軸は波数(左が高波数)、縦軸は透過率 。吸収のある所が下へくぼむ

  • 機器分析の赤外スペクトル:くぼみの位置で結合を見分ける(1700 cm⁻¹ 付近なら C=O)

予想を 1 行で書いてください:O–H や C–H が高波数に出るのは、なぜか

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結合の谷:原子は谷に閉じ込められている 教科書 §2.3

玉とばねの分子の振動と谷の上の点のアニメーション

分子の伸び縮み(上)と、谷の上の位置(下)

玉とばねの分子(上)と、結合の谷(下)

  • 縮めると押し広げられ、伸ばすと引き戻される(矢印)
  • 原子は、平衡の結合距離 を底にもつ谷に閉じ込められている
  • 谷の深さ が結合エネルギー(H₂ で約 4.5 eV、問い 1)
  • 箱は切り立った硬い壁、結合の谷はなだらかな壁
  • 谷底の近くは放物線(破線)、つまりばね
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第 2 回の箱と比べる:壁の形を変えると、準位の並びが変わる

縦の目盛りは左右で別

  • 最低の準位は、箱が 、振動子が 。どちらもエネルギーは 0 ではない(零点エネルギー)
  • 共通:閉じ込め → 量子化 → 零点エネルギー。準位の並び方は壁の形で決まる
  • 振動子の間隔は、振動の振幅によらない
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調和振動子:谷の底は放物線 教科書 §2.3

放物線の上に等間隔に並ぶ準位と 。青は偶関数、橙は奇関数

谷の底を放物線で近似する( は平衡からのずれ )

ばね定数(結合の硬さ。波数の とは別)
角振動数  質量(二原子分子では換算質量 )

解くと

振動の量子数(0 から)

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分子振動と赤外吸収:問い 2 の答え 教科書 §2.4

問い 2 赤外吸収の位置は、なぜ結合ごとに決まっているのか

結合の硬さ  換算質量(二つの原子の振動を 1 つの粒子の振動に置き換えたときの質量)

代表的な結合の吸収の位置(左が高波数)

  • 吸収するのは、準位の間隔 の赤外線。位置は で決まる
  • 軽い原子:O–H・C–H は が小さく高波数
  • 硬い結合:C–C → C=C → C≡C の順に高波数
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例題:同位体に置き換えると、振動数は何倍か

設定 C–H の H を D に置き換える。結合の硬さ は同じ(質量は C = 12、H = 1、D = 2 の比で使う)

① 換算質量 :C–H は 、C–D は

② 振動数の比  から 0.73 倍

③ 実測と比べる 波数も同じ比で動く → (実測も約 )

① 換算質量は 積 ÷ 和 ② が約 2 倍なら は約 倍(1/2 倍ではない)

  • 比をとれば は消える。質量も比だけで計算できる
  • 使い道:吸収がどの結合のものか迷ったら、同位体に置き換えて吸収が動くかを見る
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演習 C:振動の準位と同位体

  1. 放物線 を描き、 の準位を描き入れてください。高さは を単位にして書き添えること
  2. O–H の H を D に置き換えると、伸縮振動の振動数は何倍になりますか(質量は O = 16、H = 1、D = 2 の比で。 は同じ)
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演習 C の答え

1  に を入れる → 高さ 、、 に等間隔(間隔 )。最低準位は谷底()より 上

2 ① 換算質量 :O–H は 、O–D は

2 ② 振動数の比  から 0.73 倍

要点:調和振動子の準位は の等間隔。

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まとめ:二つの問いへの答え

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教科書で読む範囲 教科書 §5.1〜5.2、§2.3〜2.4

節 内容
§5.1 三次元の式( を勾配 に、積分を体積積分に。付録 A.3)
§5.2(発展) ビリアル定理の仮定と式変形、、核間距離に対する ・・ の図
§2.3 基底状態を釣鐘型と置いて代入し、 を導く計算
§2.4 CO の伸縮振動の波数の計算、モース型ポテンシャルで高い準位の間隔が詰まること
章末問題(発展) 第 5 章 数理演習 1・2(ビリアル定理の式変形と の数値)、応用・説明 1
  • 授業では扱わない。復習のときに教科書で読む
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次回予告:第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数 教科書 §5.3〜5.5

次回は第 5 章の続き。

核心 分子軌道は原子軌道の足し合わせ で作る(LCAO 近似)

  • 同符号で足すと結合性軌道、逆符号で足すと核間に節をもつ反結合性軌道(演習 B の 3)
  • 三つの積分の意味:重なり積分・クーロン積分・共鳴積分(記号は順に )

配布 復習の手引き(中間テスト向け)を今日 manaba で配布。中間テストは第 7 回

今日の復習 演習 A〜C を解き直す。小テスト第 5 回を受ける

次回の予習 ベクトルの足し算と線形結合を見直す。教科書 §5.3 に目を通す

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