化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

量子化学1 第 6 回 | 教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)

分子軌道は、原子軌道の足し算で作る

量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

前回を思い出す(ノートを見ずに)

  1. 化学結合ができていく過程で、本質的に下がるのは何のエネルギーですか。なぜ下がりますか
  2. 節をはさんで波が正から負へ急に変わると、運動エネルギーは上がりますか、下がりますか

今日も近似の地図の ③「変分法+LCAO」。前回の結合の物理を、計算できる式にする

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

問い 1:二つの 1s 軌道を重ねると、何ができるか

前回の図。二つの核にまたがった波(青)は勾配がゆるく、運動エネルギーが低い

  • をばらばらにするには、分子 1 個あたり約 4.5 eV が要る

予想を 1 行で書いてください:二つの 1s 軌道からできる分子軌道はいくつか。そのすべてが結合を強めるか

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

今日の流れ 教科書 §5.3〜5.5

問い 演習
1 二つの原子軌道から、どんな分子軌道ができるか A:位相と節、軌道の数
2 分子軌道のエネルギーは、どんな積分で決まるか B:三つの積分の見分け方
3 係数とエネルギーは、どう決まるか C:変分原理と
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

分子軌道を原子軌道の足し算で作る 教科書 §5.3

  • 分子軌道(MO):分子の中で電子が広がる範囲を表す軌道
  • 原子軌道(AO):第 3 回の 。分子軌道を作るもと
  • LCAO 近似:原子軌道の線形結合で分子軌道を近似する

係数(各原子軌道の寄与の重みと符号)

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

線形結合 = ベクトルの足し算

ベクトル 関数
基底ベクトル 原子軌道
成分 係数
向きは成分の比で決まる 軌道の形は係数の比と符号で決まる
  • 関数の形は で決まっている。決めるのは成分 だけ
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

等核二原子:符号で二通りに分かれる

、 では、各原子の を一つずつ使って

  • A と B は同じ原子 → 入れ替えても は同じ →
  • 残るのは、同符号で足すか、逆符号で足すかの二通り

を結合性軌道、 を反結合性軌道と呼ぶ。

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

位相の合成:同符号は強め合い、逆符号は節を作る

正=青、負=橙。 は核間で強め合って節なし、 は核間に節面

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

核間軸に沿って見る: と

(a) (橙)は中点で符号を変える。(b) は核間でつながり、 は中点で 0

  • 電子の見つかりやすさは 。 の橙の側にも、青の側と同じように電子は見つかる
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

例題:位置ごとの符号で節を見つける

① 位置ごとに 、 の符号と大小を書く どちらもどこでも +。核 A の近くは が大きく、中点では同じ大きさ、核 B の近くは が大きい

② 係数の符号をつけて足す :核 A の近く +、中点 +(強め合う)、核 B の近く +
:核 A の近く +、中点 0、核 B の近く −

③ 節を探す 核間で符号が変われば節 → 反結合性。変わらなければ結合性 → は結合性、 は反結合性

② 符号は の係数につく: 自身はどこでも +(引くから B 側が −)

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

軌道の数は変わらない

  • 2 個の原子軌道 → 2 個の分子軌道( と )
  • 一般に 個の原子軌道 → 個の分子軌道
  • どれも他の足し合わせでは作れない(線形独立。ベクトルの独立な軸の本数と同じ)
  • 反結合性軌道も捨てられない。電子が入ると結合を弱める
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

演習 A:位相と節、軌道の数

  1. 原子軌道 6 個を線形結合すると、分子軌道はいくつできますか
  2. について、例題と同じ手順で、位置ごとの符号を調べてください。核間に節はありますか。、 のどちらと同じ軌道ですか
  3. 最初に書いた予想を見直し、問い 1(二つの 1s 軌道からできる分子軌道の数、そのすべてが結合を強めるか)に答えてください
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

演習 A の答え

1  個の AO から 個の MO → 6 個

2 ① 例題の手順:係数 −1 は につく( 自身はどこでも +)→ 核 A の近く −、中点 0、核 B の近く + → 核間に節がある

2 ② : の全体に −1 を掛けただけで、 は同じ → と同じ反結合性軌道

3 AO 2 個 → MO 2 個で、二つできる。同符号の は核間で強め合い(節なし)、電子を集める結合性軌道。逆符号の は核間に節をもつ反結合性軌道で、電子が入ると結合を弱める

要点:同符号で足すと結合性(節なし)、逆符号で足すと反結合性(核間に節)。 個の AO から 個の MO

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

三つの積分 教科書 §5.4

LCAO の のエネルギーは、原子軌道ではさんだ三種類の積分で書ける

名前 式 意味 値
重なり積分 二つの軌道の重なり (単位なし)
クーロン積分 原子軌道の準位の高さ
共鳴積分 二つの軌道が混ざる強さ
  • 同じ軌道どうしの は 1(規格化)
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

積分が重みをもつ場所

(a) の主な重み は核 A のまわり。(b) は核間に集中。(c) 核を 2 倍離すと薄くなる

  • 核を遠ざけると と は 0 へ
  • は原子に固有の量として残る
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

例題:積分の式から、どれかを見分ける

① が入っているか 入っていない → (単位なし)。入っている → か (エネルギー、負)

② 左右が同じ原子の軌道か 同じ → (その原子の準位の高さ)。違う → (混ざる強さ)

③ 核を遠ざけるとどうなるか  と は 0 へ、 は残る

記号を暗記で当てない: は ① → ② の順に式の形から読む

例

  • ① あり → ② A と B で違う →
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

準位を分裂させるのは

  • :それぞれの原子軌道の準位の高さ。結合の強さではない
  • :二つの準位を、結合性(下)と反結合性(上)に分裂させる。分裂の幅は で決まる
  • なら、二つの原子軌道は同じ高さ に並んだまま(分裂しない)
  • は負。「」と取り違えると、準位の上下が逆になる
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

実応用: が大きいほど電子は動きやすい 教科書 §5.4.1

  • 同じ原子軌道を 個一列に並べる(ポリアセチレンの炭素鎖)
  • 隣どうしが で結ばれ、 個の準位が幅をもった帯(バンド)に広がる
  • バンドの幅は に比例
  • が大きい(軌道がよく重なり、非局在化が強い)→ バンドが広い → 電子が動きやすい
  • → 導電性高分子・有機半導体の設計(量子化学2 の第 13・14 章)
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

演習 B:三つの積分の見分け方

  1. と は、それぞれ ・・ のどれですか
  2. 二つの原子の核間距離を十分に大きくすると、・・ はそれぞれどうなりますか。そのとき二つの準位は分裂しますか
  3. 高分子 P と Q で、隣り合う炭素のあいだの は P のほうが大きい。バンドが広く、電子が動きやすいのはどちらですか。理由を一言で
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

演習 B の答え

1 :例題の ① あり → ② 同じ原子 → (原子 B の準位の高さ)

1 :例題の ① なし →

2 ① 例題の ③:核を遠ざけると と は 0 に近づく。 は原子に固有の値のまま

2 ② 分裂させるのは → なので分裂しない(二つとも の高さ)

3 バンドの幅は に比例 → P。 の大きい P のほうが広く、電子が非局在化して動きやすい

要点: は重なり(単位なし)、 は準位の高さ、 は混ざる強さ。、。分裂を生むのは

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

問い 2:係数 は、どう決まるか 教科書 §5.5

  • 等核二原子では、対称性から と分かった
  • 異核(A と B が別の原子)では、 と の大きさが違う

と を決める一般的な原理は何か

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

変分原理:試行関数のエネルギーは真の値を下回らない

試しに用意した波動関数(試行関数)で計算したエネルギー は、真の基底状態エネルギー 以上。

  • 試行関数がどれだけ外れていても、下限は
  • → を動かして を最小にした所が、LCAO の枠内での最良の近似
  • 低いエネルギーを与える試行関数ほど、よい近似
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

結果:結合性・反結合性軌道のエネルギー

を最小にする計算(永年方程式、第 8 回)を等核二原子で解くと

が結合性軌道 、 が反結合性軌道 のエネルギー。

  • 重なりを無視()すると、分母が 1 になる

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

例題: と分裂幅を求める()

設定 等核二原子で 、(教科書 §5.5 の例題)。前のスライドの の式を使う

① の式  に代入する →

② 符号ごとに代入

③ 上下の確認  なので → (結合性)が下

④ 分裂幅 

② 符号を落とさない: ③「+ だから上」ではない: が下

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

重なり を含めると、分裂は非対称になる

では、 は 1 より大きい数で、 は 1 より小さい数で割る。

  • 結合性の下がり幅 : のときより小さい
  • 反結合性の上がり幅 :下がり幅より大きい
  • を中心に非対称に割れる( なら上下対称)
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

演習 C:変分原理と

  1. ある分子に試行関数を二つ当てて、、 を得ました。どちらがよい近似ですか。真の が ということはありえますか
  2. 等核二原子で 、、 のとき、、 と分裂幅を求めてください
  3. 2 と同じ 、 で とすると、、 はいくらですか。 からの下がり幅と上がり幅を比べてください
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

演習 C の答え

1 変分原理 :低いほどよい近似 → エネルギーの低い 。 はどの より低く → はありえない

2 ①  eV(結合性、下)

2 ②  eV(反結合性、上)

2 ③ 分裂幅 4.8 eV

3 ① : eV、 eV

3 ② 下がり幅 は 1.3 eV、上がり幅 は 1.6 eV → 上がり幅のほうが大きい(非対称)

要点:係数はエネルギー最小で決める(変分原理)。 で 、 なので が下、分裂幅は

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

まとめ:問い 1・問い 2 への答え

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

教科書で読む範囲 教科書 §5.4〜5.5・付録

節 内容
§5.4・付録 A.2 複素共役 の扱い
§5.4.1 バンドの幅が になる理由(第 13 章)
§5.5・付録 A.3 期待値 の式と計算
第 6 章 永年方程式と の導出(第 8 回)
  • 授業では扱わない。復習のときに教科書で読む
教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)
量子化学1 第 6 回 化学結合(2):LCAO 近似と線形代数

次回予告:第 7 回 中間テスト(概念理解) 第 I 部 総合演習 A

範囲 教科書 第 1〜5 章(第 1〜6 回の講義)。発展の §2.2.1 トンネル効果、§5.2 ビリアル定理は範囲外

  • 全問マークシート四択 25 問、60 分。与える定数・式は問題用紙の冒頭に印刷
  • 関数電卓可(通信機能付きは不可)。教科書・ノートは不可
  • 正答と一行解説は、試験後 1 週間以内に manaba で公開

今日の復習 演習 A〜C を解き直す。小テスト第 6 回を受ける。復習の手引きの目標 21(今日の範囲)に取り組む

次回までに 復習の手引き(第 5 回に manaba で配布)で、× の目標から第 1〜6 回を復習する。各章の「よくある誤解」を重点的に

教科書 第 5 章(§5.3〜5.5)