変分原理と永年方程式

量子化学1 第 8 回 | 教科書 第 6 章

真の答えを知らずに、最良の波動関数をどう選ぶのか

量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

前回を思い出す(ノートを見ずに)

中間テストの前の第 6 回(LCAO)から

  1. で、二つの原子軌道を同符号で足した軌道と逆符号で足した軌道を、それぞれ何と呼びますか。核間に節があるのはどちらですか
  2. 重なり積分・クーロン積分・共鳴積分のうち、準位を二つに分裂させるのはどれですか。クーロン積分 と共鳴積分 の符号は

今日も近似の地図の ③「変分法+LCAO」。第 5 章で決めずに残した係数 、 を決める

教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

問い 1:計算機は、何を基準に波動関数を選ぶのか

  • 量子化学計算のソフトに分子を入力して実行すると、数秒から数分でエネルギーの値が出る
  • その間、計算機は分子軌道の係数を少しずつ動かし、エネルギーがいちばん低くなる所を探している
  • ところが、計算機は真の波動関数も真のエネルギーも知らない

予想を 1 行で書いてください:真の答えを知らないのに、「エネルギーが低いほど良い」と言えるのはなぜか

教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

今日の流れ 教科書 §6.1〜6.3(§6.3.2 は発展)

問い 演習
1 試しに置いた波動関数の良し悪しを、どう判定するか A:加重平均と変分原理
2 係数 、 を決める式は何か B:永年方程式を解く
3 の二つの準位は、どこに、どう並ぶか C: の計算と非対称
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

試行関数とエネルギーの期待値 教科書 §6.1

試行関数 試しに置いた波動関数 。真の波動関数である必要はない

複素共役(実関数なら と同じ)  全空間での積分

を一つ決めるごとに、エネルギーの期待値(測ったときの平均値)が一つ決まる。 が規格化されていれば分母は 1。

  • 系には真の準位 と固有関数 がある(形は知らなくてよい)
  • 固有関数どうしは直交し、規格化されている
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

二つの準位を混ぜた試行関数

は と を重み 、 で平均した値(加重平均)。

  • 、 を使う
  • と の交差項は、直交性で消える
  • 重みはどちらも 0 以上 → 平均は と のあいだ
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

変分原理を重心として見る

青の横棒は重み 、橙の破線が重心 。(a) 一般の試行関数、(b) で重心が に一致

教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

例題:加重平均で を求める

設定 で、重みが 、 の試行関数。 は と の加重平均

① 重みの和が 1 か確かめる 分母 → 分母は 1

② 準位に重みを掛けて足す 

③ との差を見る ()

③ 差は必ず 0 以上(上下どちらにもずれる、ではない)

  • 励起状態が少しでも混ざると、そのぶん より上に来る
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

変分原理:谷底でも を下回らない

パラメータ に対する 。灰の破線が

  • 等号は のときだけ
  • 近似のエネルギーは上からしか近づかない
  • 二つの試行関数では、低いほうが良い近似
  • より低い値が出たら、計算の誤り
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

演習 A:加重平均と変分原理

  1. 空欄に 、、 のどれかを入れてください: _ 。等号が成り立つのはどんなときですか
  2. 水素原子の 1s()と 2s()を、重み と で混ぜた試行関数の を求めてください
  3. 水素原子に試行関数 P・Q を使うと 、 でした。(a) 真の値を使わずに、どちらが良い近似か判定してください。(b) 「別の試行関数で を得た」という報告をどう判断しますか
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

演習 A の答え

1 変分原理:どの試行関数のエネルギーも を下回らない → 。等号は が真の基底状態 そのもののとき

2 加重平均 に代入 → ( より上)

3 (a) :近似は上からしか近づかない → エネルギーの低い Q が良い近似。低いほど真の値に近い

3 (b) 水素原子の と比べる → を下回るので、変分法では起こりえない。計算の誤りを疑う

要点:。真の値を知らなくても、エネルギーの低いほうが良い近似

教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

係数を変分で決める:設定 教科書 §6.2

試行関数は第 5 章の LCAO。原子軌道 、 の形は固定し、動かすのは係数だけ

積分 記号 符号
1(規格化)
重なり
クーロン 負
共鳴 負
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

エネルギーを係数の関数として書く

を に代入し、分子と分母をそれぞれ四つの項に開く

エネルギーが、二つの変数 、 の関数になった。

  • 分子(ハミルトニアンをはさんだ積分)から と
  • 分母(規格化)から
  • 交差項は と の二つ → 2 倍にまとまる
  • 最小の条件:、
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

偏微分をゼロとおく → 永年方程式

での偏微分から一本目、 での偏微分から二本目( と を入れ替えた形)。

  • この連立一次方程式を永年方程式と呼ぶ
  • 未知数は係数 と、エネルギー
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

行列で書くと:行列式 = 0 の条件

  • はいつでも解になるが、(電子がどこにもいない)で使えない
  • 行列式が 0 でなければ逆行列が作れ、 しか残らない
  • 意味のある解(0 でない係数)が存在する条件が、行列式 = 0

永年行列式。これを満たす だけが許される。原子軌道 個なら で、分子軌道は 本。

教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

例題:永年行列式から を出す

設定 前のスライドの永年行列式 を について解く

① 展開する 対角の積 − 反対角の積 →

② 因数分解  の形で

③ 一つ目の因数   を について解く →

④ 二つ目の因数   を について解く →

② 解の公式に行かず、 の形で因数分解する

  • 原子軌道 2 個から、エネルギー 2 個
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

を戻して係数を求め、規格化する 教科書 §6.3

永年方程式の一本目 に を戻す

① を永年方程式の一本目に戻す  → (同符号)

② 規格化  

からは (逆符号)。第 5 章で形から作った が、変分原理から出た。

教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

演習 B:永年方程式を解く

  1. 永年方程式の解 を使わないのはなぜですか。また、原子軌道 5 個で LCAO を組むと、永年行列式の大きさと分子軌道の本数はいくつですか
  2. 重なりを無視()すると、永年行列式は になります。例題の手順で を二つ求め、 のときどちらが低いか答えてください
  3. のとき、 と の規格化された係数 の値を求めてください
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

演習 B の答え

1  を に入れると になり、電子がどこにもいない → 行列式 = 0 は、0 でない係数が存在する条件。原子軌道 個 → の行列式、分子軌道 本 → 5 個なら 、5 本

2 例題の ② で因数分解 → → 、。 なので が低い(結合性)

3 ①  → : 0.625

3 ② : 0.833()

要点:行列式 = 0 で を出し、 を戻して係数を出す。係数は

教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

の二つの準位 教科書 §6.3

、、 のもとで読む。

  • は より低い(結合性)
  • は より高い(反結合性)
  • となる条件は 。通常の結合距離では成り立つ
  • 重なりを無視()すると → 第 8 章のヒュッケル法で使う形
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

例題: と下がり幅・上がり幅

設定 、、(教科書の例題。説明のための概数)。前のスライドの の式を使う

① 分子を足し引き 、

② で割る

③ からの幅 下がり 、上がり

① ( は負) ② で割る(掛けない)

  • 上がり幅のほうが大きい
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

非対称の理由は分母の

分数の上は共通()。違いは分母だけ。

  • → 反結合性の上がり幅 > 結合性の下がり幅
  • 比は 。 なら上下対称
  • 反結合性軌道にも電子が入ると、上がりが下がりを打ち消して余る →
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

と :位相と節面

結合性 (左)は同位相(ともに青)、反結合性 (右)は逆位相(青と橙)で核間中央に節面(破線)

教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

偏微分ゼロは、谷底と山頂の両方を拾う

、 で係数の向きだけを動かした 。谷底 が 、山頂 が

教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

の MO ダイアグラムと

H 1s 二つから σ と σ*。H₂ の 2 個は σ に入る

  • :
  • :
  • :2 個とも に入る → 安定な分子
  • : にも 2 個。上がり幅 > 下がり幅なので、分離した原子より不安定
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

演習 C: の計算と非対称

  1. の図で、核間中央の の値と電子密度はいくらですか。 の 2 個の電子は、 と のどちらに入りますか
  2. 等核二原子で 、、 とします。 と を求め、 からの下がり幅と上がり幅を比べてください
  3. 2 の準位に電子を 4 個入れると、分離した原子(4 個とも )に比べて何 eV 安定、または不安定ですか
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

演習 C の答え

1  は核間中央が節面 → 、電子密度も 0。電子は低い準位から 1 本に 2 個まで → 2 個とも に入る( は空)

2 ① : 、

2 ② 下がり は 0.9 eV、上がり は 1.6 eV → 下がり < 上がり

3  に 2 個(下がり 0.88 ずつ)、 に 2 個(上がり 1.57 ずつ)→ → 約 1.4 eV 不安定。 が分子にならない理由

要点:。 で割るので、反結合性の上がり幅のほうが大きい

教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

まとめ:問い 1 への答え

教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

教科書で読む範囲 教科書 §6.1〜6.3

節 内容
§6.1 固有関数が 3 個以上のときの展開(完全系と二重和の計算)
§6.2 偏微分の途中式(分子 と分母 を使う書き換え)
§6.3.1 実応用:谷底探しとしての構造最適化
§6.3.2 (発展)ハートリー・フォック法と自己無撞着場(SCF)
  • 授業では扱わない。復習のときに教科書で読む
教科書 第 6 章
量子化学1 第 8 回 変分原理と永年方程式

次回予告:第 9 回 二原子分子の MO(1):等核二原子 教科書 §7.1

核心 今日の永年方程式を第 2 周期の等核二原子分子に使い、・ の MO ダイアグラムを組み立てる

  • 2s・2p から ・ 軌道を作り、軌道の順序と結合次数を求める
  • 電子の詰まった最も高い軌道 HOMO と、その直上の空軌道 LUMO
  • が磁石に引き寄せられる理由(不対電子)

今日の復習 演習 A〜C を解き直す。永年方程式の導出をたどり、 の準位図を描く。小テスト第 8 回を受ける

次回の予習 第 2 周期元素の価電子配置と、 結合・ 結合の違い。教科書 §7.1 に目を通す

教科書 第 6 章