ヒュッケル法(1):永年行列式とエネルギー準位

量子化学1 第 11 回 | 教科書 §8.1〜8.2

二重結合は、なぜ回転しにくいのか

量子化学1 第 11 回 ヒュッケル法(1):永年行列式とエネルギー準位

前回を思い出す(ノートを見ずに)

  1. 混成の炭素で、三本の混成軌道はどう並びますか。混ぜずに残った はどちらを向きますか
  2. 異核二原子分子 AB で が より深いとき、結合性軌道の電子はどちらの原子に偏りますか

今日から近似の地図の ④「さらに単純化」。π 電子だけを取り出すヒュッケル法

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問い 1:二重結合は、なぜ回転しにくいのか

下段がエチレン。σ 骨格(実線)と、平面に垂直な 二本の横並びの重なり(π 結合)

  • 高校で「C=C は回転できないので、シス形とトランス形が別の物質になる」と学んだ
  • 前回:C=C の片側を ねじると、 どうしは重ならなくなる

予想を 1 行で書いてください:ねじると、π 電子のエネルギーはどうなるのか

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今日の流れ 教科書 §8.1〜8.2

問い 演習
1 π 電子の行列は、何から決まるか A:分子のつながり方から行列式を書く
2 行列式から、準位はどう求まるか B: と の対応、行列式の展開
3 準位に電子を詰めると、何が分かるか C:係数と規格化、ねじれと π 結合
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π 電子近似 教科書 §8.1

  • σ 電子: 混成軌道の正面の重なり。骨格を平面につなぐ
  • π 電子:残った の横並びの重なり。平面の上下に広がる
  • 平面分子では σ と π は対称性が違い、混ざらない(前回)
  • π 電子近似:σ 骨格は固定し、π 電子だけを扱う
  • 各炭素の 軌道を と書く
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共役系と π 分子軌道

共役系 二重結合と単結合が交互に並び、隣り合う 軌道が連続して重なった構造。例:エチレン・ブタジエン・ベンゼン

π 分子軌道は、各炭素の の線形結合(LCAO)で書く

係数(決め方は第 8 回の永年方程式と同じ)

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永年方程式の積分を、どう見積もるか

  • 第 8 回:永年行列式 から を求めた
  • 必要な積分: と
  • 炭素 個なら 個。手計算では追いつかない
  • ヒュッケル:積分を計算せず、約束で値を置く(次のスライド)
  • 行列式 を解くという骨格は第 8 回と同じ
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ヒュッケルの四つの約束 教科書 §8.1

約束 置く値 意味
(1) 対角 (クーロン積分) 軌道の電子の基準エネルギー。負
(2) 隣接 (共鳴積分) 隣の軌道へ広がることによる安定化。負
(3) 非隣接 結合していない炭素どうしは相互作用しない
(4) 重なり 、異なる原子どうしは
  • 行列を決める情報は「どの炭素とどの炭素が隣り合うか」だけ。結合の長さも角度も使わない
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つながり方が、そのまま行列になる

分子グラフ(炭素=点、結合=線)と行列。線で結ばれた二点だけが

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例題:分子グラフから行列式を書く

設定 ブタジエン

① 番号を振る π 系に入る( が残る)炭素だけ → 1–2–3–4(隣接は 1–2、2–3、3–4)

② 対角  を で割り、 → 対角は

③ 隣接  を で割り → 、、 と対称な位置

④ 非隣接  → 1–3、1–4、2–4 は

③ と の両方に 1 ④ 非隣接は 0(1 を置かない)

  • 環に閉じると端どうしも隣接:三員環なら も
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演習 A:つながり方から行列式を書く

  1. ヒュッケル法で、結合していない炭素どうしの と、異なる炭素どうしの はいくつですか
  2. 1,4-ペンタジエン の π 系に入る炭素はいくつですか。それらに番号を振り、 の形で永年行列式を書いてください
  3. 2 の行列を、例題のブタジエンの行列と比べてください。違う成分はどれで、なぜ違いますか
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演習 A の答え

1 約束 (3) 非隣接は 、約束 (4) 異なる原子どうしは → どちらも 0

2 中央の は で が残らない → π 系は炭素 4 個。両端の二重結合を 1–2、3–4 とし、隣接に 1・非隣接に 0

3  炭素で共役が切れ、2 と 3 は隣接しない → 非隣接は 0 → と が 0(ブタジエンは 1)

要点:行列は分子グラフそのもの。隣接だけに 1、非隣接は 0

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エチレン:行列式 から準位へ 教科書 §8.2

π 系は の二つ。約束を入れた永年方程式

以外の解をもつ条件が、係数の行列式 。

準位は二つ。どちらが低いかは ・ の符号で決まる。

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よくある誤解:「 のほうが高い」

  • も も負(電子が束縛され、安定化するエネルギー)
  • は より低い → 結合性 π 軌道
  • は より高い → 反結合性 π* 軌道
  • 準位図では が下、 が上
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例題: を使って準位を求める

設定 エチレン(炭素 1–2)。 とおく

① 行列式を書く 展開して の式にする

② を解く  →

③ に戻す  に入れる → 、

④ 上下を決める  なので が負ほど が低い → が結合性

④ の準位を結合性としない( が負ほど低い)

  • ③ は を について解いた式
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例題:3×3 の行列式を展開する

アリル系 (炭素 1–2–3 の鎖)。一行目で展開する

① 展開 一行目の成分 × 小行列の和

② を解く  → または →

③ に戻す  に入れる → 、、

① 展開の符号は +、−、+ の順 ① 2 番目の小行列は 1 行目と 2 列目を除いた残り

  • ()は非結合性の準位。電子は入れる
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演習 B:行列式から準位を求める

  1. ある π 系で と が得られました。それぞれの を 、 で表し、どちらが低いか答えてください
  2. 演習 A の 1,4-ペンタジエンの行列式を一行目で展開し、 と をすべて求めてください
  3. 2 の準位は、エチレンの準位とどんな関係にありますか。行列の形から理由を一言で
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演習 B の答え

1 ① 代入  に入れる → 、

1 ② 比べる  なので が負ほど低い → が低い

2 ① 展開 一行目で展開する

2 ② に戻す (2 個)、(2 個)→ → (2 本)、(2 本)

3 行列が 1–2 と 3–4 の 二つに分かれている → エチレン二つ分と同じ(縮重した準位が 2 組)

要点:。 が負ほど準位は低い

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例題:係数を求める

設定 エチレンの結合性準位 ( の解 )

① 一行目の式に を入れる  →

② 係数の比 ① を について解く →

③ 規格化  →

③ 規格化を忘れない( や ではない)

  • は同符号で節なし(結合性)、 は原子間に節(反結合性)
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エチレンの π 準位図

下が結合性 π(、電子 2 個)、上が反結合性 (、空)。正=青、負=橙

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電子を詰める:π 結合エネルギー

π 電子 2 個は、パウリの原理で二つとも (結合性、)に入る

π 電子全体のエネルギー(占有数 × 準位の和)

  • 相互作用がなければ、電子 2 個は の高さで
  • 差の (負)が、π 結合をつくったことによる安定化(π 結合エネルギー)
  • HOMO 、LUMO
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問い 1 の答え:ねじると を失う

問い 1 二重結合は、なぜ回転しにくいのか

平面のエチレン ねじったエチレン
の重なり 横並びに重なる 直交して重ならない
隣接の成分
準位 、 、
π 電子 2 個のエネルギー
  • ねじるには、π 結合エネルギー に見合うエネルギーが要る → 室温では回転しない
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ブタジエンの四準位(結果)

、。上がるほど節が と増える。 が HOMO、 が LUMO

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演習 C:係数と π 結合

  1. 前のスライドのブタジエンの図で、 の原子間の節はいくつですか。節が多い軌道ほど、準位は高いですか、低いですか
  2. 炭素 6 個の π 系 に、 の軌道があります。係数の比は です。規格化して を求め、この軌道の を答えてください
  3. 最初に書いた予想を見直し、問い 1(二重結合は、なぜ回転しにくいのか)に を使って答えてください
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演習 C の答え

1 図の で、原子間で符号が変わる所を数える。 から順に節は → 3 個。節が多いほど準位は高い( の 0 個が最も低い)

2 ① 規格化  → →

2 ② エネルギー  に →

3  = 占有数 × 準位の和。平面では 、 ねじると で → 高くなるので、ねじるにはそのエネルギーが要る

要点:係数は一行目の式で比を出し、規格化で決める。 は占有数 × 準位の和

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まとめ:問い 1 への答え

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教科書で読む範囲 教科書 第 8 章・付録 A.3

節 内容
第 8 章 冒頭 ヒュッケル法の由来(1930 年代、紙と鉛筆で π 電子の広がりを見通す方法)
§8.2 末尾 π 結合エネルギーと非局在化エネルギーの関係(第 9 章で定義)
付録 A.3 行列式の展開の一般的な手順(余因子展開)
  • 授業では扱わない。復習のときに教科書で読む
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次回予告:第 12 回 結合次数と電荷密度 教科書 §8.3〜8.4

核心 係数から、どの炭素に π 電子が多いか(電子密度 )、どの結合が強いか(結合次数 )を数で求める

  • ブタジエンの係数 → 端の結合が強く短い(実測 1.34 Å)、中央は弱く長い(1.47 Å)
  • HOMO と LUMO の間隔(HOMO–LUMO ギャップ)

配布 復習の手引き(期末テスト向け)を今日 manaba で配布。期末テストは第 13 回。目標 12〜14 は次回のあとに

今日の復習 演習 A〜C を解き直す。小テスト第 11 回を受ける

次回の予習 今日の手順(行列式 → → → 係数)を見直す。教科書 §8.3〜8.4 に目を通す

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