芳香族性

量子化学2 第 02 回 | 教科書 第 10 章

ベンゼンは二重結合が 3 本あるように書けるのに、なぜ付加反応を起こしにくいのか

量子化学2 第 02 回 芳香族性

前回を思い出す(ノートを見ずに)

  1. 直鎖ポリエン(炭素 個)の π 準位 の式を書いてください。準位はどの範囲に収まりますか
  2. 鎖を伸ばすと、HOMO–LUMO ギャップと非局在化エネルギーの大きさは、それぞれどうなりますか

今日も近似の地図の ④「ヒュッケル法」。鎖の両端をつないで、環にする

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

問い 1:ベンゼンは、なぜ付加反応を起こしにくいのか

ふつうのアルケン ベンゼン
構造式の二重結合 1 本以上 3 本(ケクレの構造式)
臭素との反応 二重結合に付加する 付加しない。環を保って H を置き換える置換を選ぶ
π 電子の数 二重結合 1 本につき 2 個 6 個(ヘキサトリエンと同じ)

予想を 1 行で書いてください:二重結合が 3 本あるように書けるのに、なぜベンゼンは付加を避けるのか

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

今日の流れ 教科書 §10.1〜10.4

問い 演習
1 環に閉じた π 系の準位は、どう並ぶか A:フロスト円を描いて準位を読む
2 電子を詰めると、なぜ 6 個で格別に安定か B:閉殻の電子数と非局在化エネルギー
3 どんな分子に当てはめてよいか C:π 電子の数え方、前提、環電流
教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

鎖から環へ:違いは両端がつながること 教科書 §10.1

直鎖ポリエン(前回) 員環
係数の条件 両端の外で 0 一周して元の値に戻る
準位
の範囲
  • クーロン積分・共鳴積分の約束は鎖と同じ(隣どうしに 、炭素 と炭素 1 も隣)
  • と で余弦が同じ値 → 同じ高さの準位が二つずつ現れる
教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

環に巻いた波:一周して閉じる波だけが残る

六員環を切り開いて並べた係数 。 は で に戻るが、1.5 波長の波(最下段)は戻れない

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

円の頂点の高さが準位になる

半径 の円を 等分した頂点の高さを、左の準位軸へ水平に写したもの

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

ベンゼンのフロスト円

。破線が 、頂点の高さが準位。最下点と最上点が 1 本ずつ、その間に二重縮重が二対

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

例題:フロスト円を描いて準位を読む(ベンゼン、)

① 円を描く 半径 、中心の高さを とする(破線が )

② 正 角形を内接させる 頂点を最下点に置く → ベンゼンは正六角形

③ 頂点の高さを下から読む  に → =

④ 縮重を数える 同じ高さの頂点の数(縮重)→ (1)、(2)、(2)、(1)

② 辺を下にすると最下点が 2 本になる(頂点を下に) ③ なので が最も低い

  • 最下点は 1 本(縮重なし)。その上は左右一対で二重縮重。 が偶数なら最上点も 1 本
教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

ベンゼンの六つの π 軌道

色=係数の符号(正=青・負=橙)、破線=節面。下から節面 0・1・1・2・2・3。縮重した二つは節面の数が同じで向きだけ違う

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

演習 A:フロスト円を描く

  1. フロスト円の最下点の頂点が表す準位は、 と でいくつですか。環の大きさ によって変わりますか
  2. 十二員環()のフロスト円を描き、すべての準位を 、 で表して、下から高さと本数を書いてください
  3. ベンゼンの と が同じエネルギーになる理由を、節面を使って一言で説明してください
教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

演習 A の答え

1 頂点を最下点に置くので、最下点はいつも円の一番下(、)。縮重なし → 。 によらない

2 ① 頂点の高さ  の =

2 ② 同じ高さの頂点を数える 下から (1)、(2)、(2)、(2)、(2)、(2)、(1)。計 12 本

3 縮重した 2 本の形(節面)を比べる → 節面の数が同じ(1 枚)で、向きだけが違うから

要点:頂点を最下点に置いた正 角形の頂点の高さが準位。最下点は 1 本、その上は二重縮重

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

例題:電子を詰めて非局在化エネルギーを出す 教科書 §10.2

設定 ベンゼン(π 電子 6 個)。準位はフロスト円の例題で読んだもの

① 下から詰める 1 本に 2 個(パウリの原理)→ に 2 個、縮重対 に 4 個 → 閉殻

② π 電子のエネルギーの和 準位 × 電子数 →

③ 参照系 孤立したエチレン × 二重結合の数 →

④ 差をとる 

① 縮重した 2 本には合わせて 4 個(1 本に 2 個まで) ③ 参照はエチレン 3 個(二重結合の数)

  • なので、ベンゼンは孤立二重結合 3 本より だけ安定
  • 熱化学から →
教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

水素化熱で確かめる:約 の余分な安定化

シクロヘキセン 3 個分の (破線)に対し、実測のベンゼンは 。差が

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

閉殻になる電子数を数える: 教科書 §10.3

① 最下点(1 本) 2 個 → 累計 2

② + 縮重対 1 組目 4 個 → 累計 6

③ + 縮重対 2 組目 4 個 → 累計 10

④ + 縮重対 3 組目 4 個 → 累計 14

最下点の上に埋めた縮重対の組数

ヒュッケル則:平面で、環に沿って共役が一周つながった π 系は、π 電子が 個のとき閉殻になり、格別に安定(芳香族性)

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

個では開殻:シクロブタジエンとベンゼン

左(4 電子)は の高さの縮重準位に 1 個ずつ入る開殻。右(6 電子)は被占準位がすべて対で埋まった閉殻

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

個では開殻:反芳香族性

  • π 電子が 個(4、8、12、…)だと、最後の縮重対に電子が 2 個だけ残り、1 個ずつ分かれて入る(開殻)
  • 閉殻の安定化がなく、実際の分子はむしろ不安定:反芳香族性
  • シクロブタジエン(4 個)はきわめて不安定で、正方形を避けて長方形に歪む
  • よくある誤解:「電子数が偶数なら全部対になれるので閉殻」。8 個も偶数だが開殻
  • HOMO–LUMO ギャップでは:ベンゼン 、シクロブタジエン 0(HOMO と LUMO が同じ高さ)
教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

演習 B:閉殻と非局在化エネルギー

  1. 平面の単環で、π 電子が次の数のとき、閉殻になるのはどれですか:10、12、14、16
  2. 十員環(平面と仮定、π 電子 10 個)の準位は、下から 、(2)、(2)、(2)、(2)、 です。電子を詰めて と非局在化エネルギーを求めてください
  3. 最初に書いた予想を見直し、問い 1(ベンゼンは、なぜ付加反応を起こしにくいのか)に答えてください。付加すると、環の共役はどうなりますか
教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

演習 B の答え

1 閉殻になるのは 個()、 個は開殻 → 10 と 14()。12 と 16 は で開殻

2 ① 下から 2 個ずつ詰める

2 ② 参照系と差 参照はエチレン 5 個 →

3 ベンゼンの安定化は (例題)。付加と置換で、環の共役が残るかを比べる → 付加すると環の共役が切れ、非局在化エネルギー を失う。置換なら環を保ったまま H だけを置き換え、安定化を失わない

要点:閉殻になる π 電子数は 。ベンゼンは閉殻で、孤立二重結合 3 本より 安定

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

前提:平面・環状・共役

  • ヒュッケル則を当てはめてよいのは、平面で、環に沿って共役が一周つながる場合だけ
  • シクロオクタテトラエン(、π 電子 8 個)は、平面なら で反芳香族
  • 実際の分子は平面を避けてタブ型(たらい型)に折れる → 隣の 軌道が平行でなくなり、共役が切れる
  • 孤立した二重結合 4 本のポリエンとして振る舞う(反芳香族の不安定さも、芳香族の安定化もない)
教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

シクロオクタテトラエン:平面とタブ型

(a) 仮想の平面構造では 8 本の 軌道が平行に並ぶ。(b) 実際のタブ型では単結合をはさむ 軌道が傾いて共役が切れる

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

数えるのは、環に垂直な 軌道の電子 教科書 §10.3.1

ピリジンの N は垂直な に 1 個、電子対は平面内(灰)。ピロールの N は電子対 2 個を垂直な に出す

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

例題:π 電子を数えて判定する

① 分ける 二重結合の C・N は 1、正電荷の C は 0、負電荷の C と垂直な の電子対は 2

② 足す ピリジン(六員環、N 1 個):C 1 × 5 + N 1(電子対は平面内)= 6

ピロール(五員環、N–H):C 1 × 4 + N 2(電子対を へ)= 6

トロピリウムカチオン :C 1 × 6 + 正電荷の C 0(空の )= 6

シクロペンタジエニルアニオン :C 1 × 4 + 負電荷の C 2(電子対)= 6

③ 判定する  なら芳香族、 なら反芳香族 → 四つとも 6 個で芳香族

非共有電子対は、垂直な にあれば 2 個、平面内なら数えない

  • 環に単結合だけでつながる O・S は、ピロールの N–H と同じく電子対 1 組を へ(もう 1 対は平面内)
  • 塩基性:ピリジンは平面内の電子対で を受け取る。ピロールはほとんど示さない
教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

環電流:磁場の中で π 電子が環を回る 教科書 §10.4

外部磁場 の下で π 電子が周回電流をつくる。誘導磁場は環の外側で を強め(青)、内側で弱める(橙)

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

環電流は NMR の化学シフトに現れる

  • NMR:磁場の中の水素核が吸収する電波の振動数を測る。核の感じる磁場が強いほど、低磁場側(化学シフト の大きい側)に信号が出る
  • ベンゼンの H は環の外側 → 誘導磁場が外部磁場を強める →
  • ふつうのアルケンの H は 〜
  • 反芳香族の環では、環電流の向きが逆になる
教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

演習 C:数え方、前提、環電流

  1. 環電流の図を見て答えてください。大きな芳香族の環で、環の内側を向いた水素の信号は、外側の水素と比べて低磁場側・高磁場側のどちらに出ますか
  2. π 電子の数を数え、芳香族か反芳香族かを判定してください(いずれも平面と仮定):ピリミジン(六員環、N 2 個。どちらも環の C=N 二重結合に参加)、シクロプロペニルアニオン 、シクロブタジエンジカチオン
  3. 十二員環 (π 電子 12 個)を平面と仮定し、演習 A で描いた準位に電子を詰めて、閉殻か開殻かを答えてください。実際の分子が平面を避けて折れ曲がると、何を避けられますか
教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

演習 C の答え

1 内側では誘導磁場が外部磁場を弱める → 核の感じる磁場が弱い → 高磁場側( の小さい側)

2 二重結合の C・N は 1、正電荷の C は 0、負電荷の C は 2 を足す

2 (a) ピリミジン:C 1 × 4 + N 1 × 2 = 6、芳香族

2 (b) :C 1 × 2 + 負電荷の C 2 = 4、反芳香族

2 (c) :C 1 × 2 + 正電荷の C 0 × 2 = 2、芳香族()

3 ① 演習 A の準位に下から 2 個ずつ: 個で まで → 残り 2 個が の縮重対に 1 個ずつ → 開殻(、反芳香族)

3 ② 折れ曲がると共役が切れ、反芳香族の不安定さを避けられる

要点:数えるのは環に垂直な 軌道の電子。平面・環状・共役を確かめてから を当てはめる

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

まとめ:問い 1 への答え

教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

教科書で読む範囲 教科書 §10.1〜10.4

節 内容
§10.1 係数を と置いて、環の準位の式を導く計算
§10.3 単純なヒュッケル法では、反芳香族の不安定化そのものは出ないこと
§10.3.1 縮合環(ナフタレンなど)と、フロスト円が単環にしか使えない理由
§10.3.2 実応用:多環芳香族と、有機エレクトロニクス材料の分子設計
§10.4 [18]アヌレンの環電流と化学シフトの図
  • 授業では扱わない。復習のときに教科書で読む
教科書 第 10 章
量子化学2 第 02 回 芳香族性

次回予告:第 03 回 フロンティア軌道とペリ環状反応 教科書 第 11 章

核心 HOMO・LUMO の形(係数の符号=位相)が、反応が起こるかどうかと、生成物の立体を決める

  • 電子は一方の HOMO から他方の LUMO へ流れる(フロンティア軌道)
  • Diels–Alder 反応を、軌道の重なりで説明する
  • 電子環状反応の回転の向きを HOMO の位相から予測する。熱と光で逆になる

今日の復習 演習 A〜C を解き直す。フロスト円でシクロブタジエン・ベンゼン・シクロオクタテトラエンの準位を描き、判定する。小テスト第 02 回を受ける

次回の予習 ブタジエンとエチレンの HOMO・LUMO の形(係数の符号)を確認する。教科書 §11.1 に目を通す

教科書 第 10 章